2024年のノーベル経済学賞受賞者、ダロン・アセモグルとジェイムズ・ロビンソンによる『国家はなぜ衰退するのか?』の上巻を読んだ。
全体の感想
国家の盛衰を決めるのは、地理でも、文化でもない。その国家の採用する経済制度・政治制度なのだ。これが、本書を貫く主張だ。そして、この主張を裏付けるために歴史を振り返り、歴史上のあまたの国家の盛衰をたどり、その原因を探っていく。主張は明快で、取り上げる事例も詳しく説明されているので、理解しやすい内容にはなっている。個人的には、教科書的な世界史で得た知識が一つの視点で統一的に結び付けられる過程が気持ちよかった。例えば、ジョン・ケイの飛び杼やジェニー紡績機が産業革命に果たした役割や、清教徒革命や名誉革命がその後のイギリスの発展に与えた影響など、世界史の授業では用語に過ぎなかった事実が、「政治・経済制度が国家の発展に果たした役割」という一貫した視点で結び付けられていく。
日本の明治維新からの飛躍的な発展は、著者らの主張の裏付けとしてはとりわけ合致したものだろう。薩摩、長州、土佐藩など多様な利害関係を持ったグループが団結し、絶対制を敷いていた幕府を倒す。そして「包括的な」政治・経済制度を取り入れることで見事に国家として発展を遂げ、絶対制を敷いていた大国ロシアを打ち破るまでに成長する。
政治・経済制度に着目する著者らの理論は、これまでの歴史における国家の盛衰の多くをうまく説明できるように思われる(特に、地理説や文化説に比べれば)。とはいえ、現代の国家間の状況をどこまで説明できるのか、についてはまだ疑問も残る。現代において、民主主義を採用して経済を開放すればそれで国家が発展するのだろうか?それとも、グローバリズムの波にのまれて「先進国」の工場として使われるだけ、という状態になるのだろうか。下巻も読んでから考えよう。
メモ
制度の違いがアジア各国の命運を分けた
- カースト制で階級が固定化していたインド
- 強い中央集権的絶対主義性をしいていた中国
- 絶対主義的だが、軍事力は中国ほど中央集権化されていなかった日本
一度発展した絶対主義国家は、なぜ衰退するのか?
事例:ソヴィエト連邦
- ソ連は、1917年に革命によって形成されて以来急速な成長を遂げ、欧米の著名な経済学者でさえその経済がうまくいっていると考えていた。
- しかしその実態は、農業生産の成果を強制的に工業生産に転嫁していただけで、それによって一時的な成長が生まれていただけだった。技術的なイノベーションは生まれず、結果的に70年代には経済が停滞した。
- 軍事航空だけは例外で、宇宙開発(ガガーリン)とAK47の遺産を残した。
- 「ゴスプランは全権を有するとされる計画機関で、ソ連経済の中央計画を任されていた。ゴスプランが作成・実施する5ヶ年計画には継続性があることから、そのメリットの一つは、合理的な投資とイノベーションに必要な長期的展望だと考えられていた。」
絶対主義国家は、なぜ一時的に成長するのか?
事例:クパ王国
- 国家が中央集権化され、リソースを農業(などの特定産業)に注ぎ込むことで一時的に成長する。ただしイノベーションは起きないため、成長は打ち止めになる。
イングランドは、なぜ包括的政治・経済制度をいち早く確立することができたのか?
- 名誉革命による王権の弱体化、立憲体制の確立
- 王権に対抗する連合内の多様性(1グループの利益を代表するだけじゃない)
- 経済・軍事力において連合側に十分な力があった (多様な連合を作って絶対制に対抗する、という構図は日本と似ている)
衰退する国家と繁栄する国家を分けたもの:ヨーロッパの場合
衰退した国家
- 絶対主義
- イノベーションへの抵抗・抑圧
- 中央集権化の欠如
「農奴の話は枚挙にいとまがない。男も女も家族や村から引き離されて売り飛ばされ、賭けに負け、数匹の猟犬と引き換えにされ、ロシアの辺境に送り込まれた……子供たちは親から取り上げられ、残酷な、もしくは放埓な主人に売り飛ばされた。「家畜小屋」での聞いたことがないほど残酷な鞭打ちの罰は日常茶飯事だ。苦しみから逃れる唯一の道として入水自殺を選んだ少女もいた。主人に仕えて老いさらばえ、ついに主人の屋敷の窓の下で首をつった老人もいた。農奴が反乱を起こしても、ニコライ一世の将軍が鎮圧した。それぞれの集団から、5人に一人、十人に一人、というように犠牲者を選び出しては死ぬまで鞭で打ったり、村を破壊したりしたのだ……いくつか村を回って、貧困を目の当たりにした。特に、かつて貴族だった人々の悲惨さは筆舌に尽くしがたい。」 ーークロポトキン